2012年10月31日

自分の声で語るということ


テレメンタリー2012
マイボイス
〜いつまでも自分の声で伝えたい〜


5月15日東京。千代田区
日本文藝家協会懇親会
学習院大学の名誉教授である篠沢秀夫さん
人気クイズ番組でお馴染みだったあの篠沢教授だ。
「桐原さん ありがとございます よろしくお願いします」
機械的ではあるが、彼自身の声で挨拶をする。
3年前に筋委縮性側索硬化症ALSと診断されその後声を失ったが、
パソコンで自分の声を再生することができる「マイボイス」と出会い
かつての篠沢節を取り戻した。
「僕の声を聞いてくださって感激でした」
作家の大路和子さんも興味を持って聞く
「これは普通のパソコンなの?」

自分そのものを失わないために、今患者自身の声を残す取り組みが始まっている。
東京都立神経病院作業療法士本間武蔵さんは言う。
「たとえぶつ切りであっても自分の声に価値を感じてもらえるようになるのではないか」


東京・杉並区
ALS患者大石美菜子さん(35歳)
2年前にALSを発症した。
マスコミ関係の会社で働いていたある日、
足の動きに違和感を覚えいくつも病院を回った結果、ALSとわかった。
現在、24時間介護を受けながら都内で一人暮らしをしている。
20分に1度、痰の吸引が必要だ。
美菜子さんは普段、左目のウインクや唇の動きで介護ヘルパーと会話をしている。

5月中旬、
都立神経病院の作業療法士本間武蔵さん
本間さんは声を失う前の美菜子さんにマイボイスで声を残すことを勧めた。
マイボイスを使う美奈子さんに自分の声を残す意味を聞いた。
「マイボイスがあれば話せない負い目を克服できると思います」
美奈子さんは秋の難病看護学会で自分の声で講演する決意を固めていた。

東京・府中にある東京都立神経病院。
脳神経系疾患、特に難病を専門的に診療している。
本間さんは多くの難病患者を見てきた経験から、
患者の声を残す取り組みを始めた。
「僕の熱意じゃなくて、それでも残したいんだという何人かの多くの言葉に
尊厳があるんだという思いが僕を動かしているだけ」

5月中旬
まだ声が出せるうちに録音し、マイボイスに取り込めば
パソコンで打ち込んだ文字が自分の声となって再生される。
これまでに80人以上の患者が声を残した。
ALS患者の須賀原玲(りょう)さん(49歳)
去年4月ALS患者と診断された。
12月から録音を始め、
妻のゆかりさんは玲さんの言葉をノートに書き出し、1つ1つ録音する。
この日ゆかりさんの名前を録音していなかったことに気づいた。
録音した声を聞いて2人で微笑む。
「やっぱり使わないのが一番だけど、声が出しづらくなると、
しゃべろうという意識もなくなってくるんで、実際出なくなった時には
良いコミュニケーションを取るために必要になってくるものだと思います」
玲さんは言う。

埼玉・狭山市
埼玉に暮らす須賀原さん。
この日のピザは玲さんのリクエストだ。
玲さんのレシピで焼き上げた。
普段使う言葉は家族で残している。
長男の海斗(かいと)くんが小さい頃は2人で毎週フットサルをしていた。
海斗くんに大好きな釣りを教えてくれたのもお父さんの玲さんだ。
「三浦半島辺りへ行ってでかいアジでも釣りたい」と玲さん。
「父はあこがれです」
海斗くんは玲さんのことをこう言うと玲さんは思わず涙ぐむ。

玲さんが声を残すことを決めたのは家族のため。いつまでも自分の声で伝えたいから。
「いろんな筋肉がうしなわれていく。ちょっとくらいなくなっても大丈夫、
という安心感をマイボイスとの出会いでいただけたと思う」
妻のゆかりさんは言う。

玲さんは本間さんに相談があった。
2時間掛けて病院へ向かう。
録音を始めて8ヶ月、普段なにげなく使っている言葉だけに
何を残したらいいのかわからなくなってしまったのだ。
「大事なのは感情表現と口癖」本間さんはそう答える。
本人がよく使う言葉。それは玲さんの個性そのものだ。

長崎・佐世保市
マイボイスを作ったのは長崎県佐世保市に住むプログラマーの吉村隆樹(たかき)さん(47歳)
脳性麻痺と言語障害がありながらもボランティアでコミュニケーションソフトを作っている。
「ハーティーラダー」
マイボイスが使える無料ソフトだ。
インターネットやメールもできる。
スイッチ一つでパソコンの操作ができる。
50音と数字、記号が含まれた画面で、選択肢をどんどん狭めることで意図した文字を選んでいく。
ハーティーラダーを知った本間さんが本人の声で読み上げる機能を吉村さんに相談し、
5年がかりで完成したのがマイボイスである。
去年3月、マイボイスが完成。
「これがきっかけで生きようと思ってくれたという話を聞くんです。それがたまらなくうれしいんです」
と吉村さん。

6月下旬
美菜子さん天気の良い日は散歩へ出掛ける。
「散歩は息抜き」
「花を買うこと空を見るたのしみ」
「会話は人間性がわかる唯一の手段」

8月30日、講演の2日前
美菜子さんが目標にしている講演会まであと2日
しかし、体にある異変が起きていた。
マイボイスを打ち込んでいた頬の動きが弱くなってしまった。
本間さんは新しいスイッチを美菜子さんに提案した。
目の動きで信号と送り、パソコンを操作する。
バッチリだ。
マイボイスを開発した吉村さんから応援のメールがきた。
「吉村です。いよいよ講演ですね。本間先生から、伺っています。
パワーポイント用のHeartyLadderのパネルも、うまく使えそうで、良かったです。
講演の成功を遠く長崎から祈っています。」

9月1日講演当日
講演前に装置の試験をする。問題なし。
美菜子さんはこの日のために4ヶ月かけて準備をしてきた。
日本難病看護学会学術集会。
ここで9分間、自分の声で話す。

「みなさま、はじめまして。大石美菜子と申します。」
マイボイスでの声とスクリーンに映しだされた画面でわかりやすく説明していく。

「私の場合は、動けず話せずなので、コミュニケーションを取る手段は、文字盤か口文字です。
以前入院したときある看護士さんが全く文字盤を使おうとはしてくれず大変困りました。
私は動けなくてもしゃべれなくても1人の人間です。
文字盤を使うことは面倒臭いかもしれません。しかし、それを怠ることは患者とのコミュニケーションを
シャットアウトするということです。
患者は、自分の意志を、何か伝えようとしているのに。”患者の心のケアを大事にする看護”
それが今求められているのではないでしょうか。
最後に今お聞きいただいているのは私の声です。この声のお陰で生きている喜びを感じています。」

講演は無事終わった。
美菜子さんに感想を聞く
「自分の可能性の発見があった」

講演を聞いた人々は
「レジュメには文字で書いてあるが、ちゃんと声で聞けるいうのはすごいことだ」
「声はすごい大事、馴染みある声が残せるというのはすごく重要なこと」

日本神経学会は10年ぶりに改定するALSのガイドラインに「声を残す」取り組みを加える方針だ。
この中でマイボイスも紹介されている。
「発声できるうちに自分の声を残し、発声困難になってきた時にその声でどの患者さんも家族と会話ができる」
「ケアギバー=看護する人と会話ができるというのがひとつの理想かと思う」

ALSの難病申請をしている患者は国内におよそ8千500人。
現在は自分の声を残すことに公的な支援はない。
患者の多くが残せることを知らずに声を失っていく。
本間さんと吉村さんは本人らしい声を残すことを目指し、マイボイスの改良を続けている。
「生きていくことを拡充するのがALSのケアであって本来の生きる姿を失わないでやっていくか
ということを考える余地が与えられている病なのだ。と受け取り直しができたらいいなと考える。
その具体例としてのマイボイスは非常にわかりやすいし、人に希望をあたえるのではないだろうか。」
と本間さんは言う。

最後に・・・美菜子さん、生きることってなんですか?
「生きることは楽しむこと」

ALSとは
「筋委縮性側索硬化症」
全身の運動神経が侵され筋肉がやせていく難病です。

このブログでも何度か書いていますが、
大変な病気です。
あっという間に症状がひどくなり、話せなくなってしまいます。
「せめて声だけでも残したい」
マイボイスはそんな患者の願いを叶え、
生きる希望を与えてくれます。

クイズダービーによく出演していた
篠沢教授の今の状況を見ると悲しくなりますが、
マイボイスを使った声はまさにあの頃の教授の声です。
普段気にしていませんが「声」は人間にとって個人を形成するうえで
重要な位置を占めるのですね。



posted by ドキュメントまにあん at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | テレメンタリー2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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