2012年08月01日

理不尽でいびつな制度は改善すべし

NNNドキュメント
心なき福祉〜札幌・姉妹孤立死を追う〜


札幌はこの10年で最も寒い冬となった。
1月札幌市白石区住宅街のアパートで二人の女性の遺体が見つかった。
佐野湖未枝(こずえ)さん(当時42歳)と妹の恵さん(当時40歳)だ。
姉が病死したあと寒さの中、妹が餓死した。妹は知的障害者だった。
部屋のガスは料金を滞納し、止まっていた。
通帳の残高はわずか3円。発見されたとき、妹は痩せ細り、胃の中は空っぽだった。
同じアパートの住民達ともほとんど顔を合わせることはなく、
姉妹が助けを求めたのは最後のセーフティネットと呼ばれる生活保護。
姉は窓口を3回も訪ねていた。
「求職活動をしているが決まらず、手持ち金も少なくなり、生活していけない」
と窓口で相談したものの、
区役所側は苦しい経済状況を知りながら、申請書さえくれなかった。
なぜ。


札幌市白石区保護一課の中村成司課長(当時)は
”生活保護の制度自体はあくまで本人の意志次第であり、押し売りはしていない”
つまり、生活保護を申請したいとはっきり言われない限り、自分たちからは薦めない。
それが行政側の言い分だ。
必死の思いで窓口を訪ねた姉。差し出した手を行政は握り返してくれなかった。

かつて炭鉱の町として栄えた北海道赤平市。
姉妹はここで生まれた。炭鉱労働者だった父親は二人が中学生の時にガンで他界。
母親も病気がちで数年後、死亡した。
知的障害者の妹、恵さん。彼女が頼れるのは姉の湖未枝さんだけだった。
湖未枝さんの同級生に話を聞くと、
”湖未枝さんはおとなしい感じでイラストが得意だった”
”大江千里、長渕剛が好きだった”
音楽が好きだった湖未枝さんは高校卒業後は地元のCDショップへ就職した。
当時の姉妹を知る友人の早坂みさこさんは言う。
”湖未枝さんは明るくて、元気でしっかりした子だった”
”恵さんはそんなに障害者には見えない感じの子だった。むしろ湖未枝さんより年上に見えたくらい”

北海道滝川市にある障害者施設。
妹の恵さんは障害者向けの就職支援学校を卒業し、ここでクリーニングの仕事をしていた。
こうして二人で生活をしていたが、
2000年、湖未枝さんの務めるCDショップが閉店。
その後就職した洋品店もすぐに潰れた。
”まだ30そこそこだった”
”人生やり直すなら今だと思うから行く”
友人の早坂さんにそう告げ、湖未枝さんは一人札幌へ向かった。
洋品店などで働き、生計を立てていた。

滝川市に残った恵さんは通いなれた施設で仕事を続けていた。
しかし数年後、子宮筋腫の手術を受けた後、部屋に閉じこもるようになってしまった。
仕事にも買い物にも行けず、食料は底をついた。
”食べ物が何もなく、あった砂糖を溶かして生活していた”
”餓死する寸前だった”
と近所の住民は話す。

そして5年前、湖未枝さんは恵さんを札幌に引き取ることにした。
ところが今度は、湖未枝さんが体調を崩すことになった。
頭痛と眩暈。仕事を続けることができなくなった。
2010年6月、湖未枝さんは区役所の生活保護の窓口を訪ねた。
相談の記録には苦しい生活の記録が残されていた。
”体調不良になり、退職した”
”求職活動をしているが決まらず、今後の生活が不安”
このとき担当者は今後必要となる書類の説明はしたが、肝心の申請書はくれなかった。
”もちろん申請の意志はあったと思う”
”制度の内容について説明した”
”最後に「どうしますか?」と尋ねたところ、「次回関係書類を持ってきます」と帰った”
と先の中村課長は言う。
なぜ申請書を渡さなかったのか。
”申請したい意志は遭ったと思うが、「申請したい」とはっきり言わなかったから”
というのが区役所側の説明だ。
生活保護の手続きは申請書の提出から始まる。
その後、所得や資産などの調査により、保護が開始になるかが決まる。
しかし実際には申請の前に窓口での相談という法律にはない手続きがある。
湖未枝さんはこの相談で申請書をもらえなかった。
札幌市中村武信生活保護担当部長は
”少なくとも申請書を渡さないということはない”
”話をうかがった上で意志の確認をしたら渡す”
”話を聞く前に自動的に渡すということは逆にそれは違うのではないか”
しかし、札幌市で30年近く福祉分門にいた元職員はそれを否定した。
”相談段階で理由をつけて「ちょっと考えてきてください」と申請させないということが行われてきた”

札幌市の2011年の受給者は6万8941人。
10年前の1,5倍に増えている。
28人に1人という計算だ。市の今年度の予算は8522億円。このうち生活保護費は1287億円とおよそ15%を占めている。
財政的な負担は大きい。
元職員はこうも言う
”財政的な圧力と国からきている生活保護に対する指導などで言葉上では「親切な対応をせよ」となっているが、
簡単には受けさせない”
”理由をつけて保護を申請させたくない”
生活保護に消極的な行政だ。

相談記録を見てみると気になる部分がある。
保護の要件である、”懸命な求職活動を伝えた”とされる部分。
中村さんに聞くと、
”求職活動をしていたことは認識している”
しかし、懸命なる求職活動は申請の条件ではなく、生活保護を受けた後の話であると説明する。
湖未枝さんの認識は全く違った。相談の後友人にこう話していた
”区役所で生活保護を断られた”
”「あなたは働けますね」と言われ追い返された”
”もっと一生懸命仕事を探さなければいけない”
今の自分には仕事を探す努力が足りないから生活保護を受けられない。
湖未枝さんはそう受け取ったのではないか。

アパートに残された湖未枝さんの家計簿。
相談から4ヶ月、未納を示す赤い文字が並ぶ。
この頃収入は湖未枝さんが職業訓練で得た給付金と2ヶ月に1度支給される恵さんの障害年金だけ。
ほとんどは家賃と光熱費に消えた。

1回目の相談から10ヶ月後再び区役所を訪ねた。
窓口での湖未枝さんの相談記録。
所持金は1000円
家賃や光熱費も滞納が続いていた。
しかし、区役所の対応は、
”非常食を渡しました。缶に入ったケーキ状のパンです”
渡したのは申請書ではなく、一週間分の非常食だ。
次の給付金が支給されるまでを乗り切るための食料だった。
その後も湖未枝さんは懸命に仕事を探した。
ようやく見つけたのは近所のスーパーのレジ打ち。
しかし、わずか数日で辞めてしまった。
店員によると”介護のために退社したい”という理由だった。
この頃、妹の恵さんは体調を崩し、介護が必要な状態だった。
そして、湖未枝さんの体調も悪いまま。

2回目の相談から2ヶ月後、区役所へ3回目の訪問。
もう限界だった。
国保未加入のうえ、社会保険喪失、生命保険解約。
病院にすら行けない状態だった。
”仕事を探しているけれども決まらない”
”妹の障害年金だけで困っている”
中村さんはこう話す。
”「申請します」と言えば間違いなくそのまま申請になって開始になったケースだ”
”申請しますと言わなかったから申請書を渡さなかった”
区役所が伝えたのはまたしても「懸命な求職活動」
SOSを汲み取れなかったのか?
”SOSは間違いなく汲み取る。間違いなく困窮している訳だから”
”「どうします?」と言うが、お帰りになった”
”その日の申請の意志は示さなかった”
”本人に申請してもらわないと一歩も進めない”
早くに両親を亡くし、頼れるのは行政しかなかった。
助けを求めたのは3回。生活保護の基準を満たしていた。
それなのに。姉妹は都会の片隅で孤立した。

本格的な雪となった2011年11月。
姉妹の部屋のガスが止まった。そして暖房のない真冬の生活が始まった。
2週間後、恵さんの障害年金13万円が入ったが、滞納していた家賃に消えた。
そして数日後、湖未枝さんが死んだ。
死因は脳内血腫。42歳だった。
玄関で見つかった携帯電話。
12月20日の夜、3回の発信記録があった。履歴には1や2の数字が並んでいた。
警察は残された恵さんが、110番か119番に連絡しようとしたと見ている。
年が明け、恵さんも息絶えた。凍死だ。
2人が発見されたのは1月20日のことだった。
遺体は10日間の間引き取り手が見つからず、警察署に安置された。
結局、遠い親戚が引き取った。

”今考えれば押し売りをしておけばよかったが、やはりあくまでも決めるのは本人”
”結果的にはこのような結果になってしまったが当時の対応としては間違っていなかったと考える”
”助けを求める姉妹に生活保護の申請を促すことは押し売りだからできない”
そんな行政の対応に福祉の心は見えない。
姉妹の孤立死は全国に波紋を広げた。
生活保護の問題に取り組む大学教授や弁護士たちが調査団を結成し、この日区役所の聞き取り調査を行った。
結果、調査団は窓口の対応に問題があったとして改善を求めた。
しかし区役所は担当者の記憶が残っていないと繰り返すばかりだった。
”安心安全な社会を作る責任はもちろん個人にもあるが、命を守っていくということは行政に託された一番大きな仕事”
と全国調査団の吉永純花園大学教授は言う。

今回の姉妹の死市を受けて、もう一つ別の問題が浮かび上がった。
知的障害者だった妹の恵さん。
自宅での介護や外出時の付き添いなど、札幌市のサービスを受けられる立場だった。
しかし、市のパソコンから見ることのできる恵さんのページには何の履歴も残されていなかった。
姉妹の孤立死を受けて、札幌市はようやく対策に乗り出した。
恵さんのように福祉サービスを受けていない障害者は市内におよそ1200人。
このうち孤立の心配がある世帯に直接出向いて生活の実態を調査した。

職員が訪ねたのは84歳の父親と暮らす知的障害者の女性。
行政とのつながりを作るのがこの訪問の狙いだ。
もしもの時に相談できる担当者の存在は心強い。
福祉とつながっている安心感。
なぜ姉妹との間にはこうしたつながりが持てなかったのか。
二人の望みは最低限生きていけるだけのほんの小さな幸せだったはずだ。

5月二人の遺骨が納められる日。
この墓には姉妹の両親が眠っている。
妹恵さん。あの冷えきった部屋で姉の死をどんな思いで見つめたのか。
姉湖未枝さん。区役所の帰り道。どんな気持ちで妹の元へ向かったのだろうか。
全国で相次ぐ孤立死。
そのあり方が問われている生活保護。
本当に助けを必要とする人たちに救いの手は届いていない。


数年前から何件も起きている孤立死。
昔からなかなか申請が通らないと言われてきた生活保護。
今回のように生活保護が受けられないことが原因で起きている孤立死。
一方、有名芸人の身内が生活保護を不正に受給できていたいう実態。
明らかにいびつな制度です。
今回語られている担当者の言い分は全く意味がわかりません。
ただ言葉で適当にあしらっていたのでしょうね。
そこで諦めるか、ゴネるかで申請が決まる。
そんな気がしてなりません。
いったい誰のためのサービスなのかをもう一度考えてもらいたいものです。


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posted by ドキュメントまにあん at 11:09| Comment(0) | TrackBack(0) | NNNドキュメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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