2012年07月24日

静かなる格闘技

ザ・ノンクション
偏差値じゃない。〜奇跡の高校将棋部〜


むせ返るような熱気。
実力日本一を決める「全国高等学校将棋選手権」の会場だ。
頂点を狙うのは高い偏差値を誇るいずれ劣らずの進学校ばかり。
20枚の持ち駒で勝ち負けを競う頭脳の格闘技とも呼ばれる将棋の世界。
この中で超有名校と互角に渡り歩く高校がある。
私立岩手高校。
偏差値は47という低さ。しかしエリート進学校を蹴散らして彼らはタイトルを総なめにしている。
岩手高校はなぜ強いのか。

岩手県盛岡市にある私立岩手中・高等学校。
県内にあるただひとつの男子校だ。
受験に眼の色をかえる進学校ではないけれど、ここには数年前から全国でもトップクラスに躍り出たクラブがある。
囲碁・将棋部だ。
2010年、この時全国大会まであと7ヶ月。
岩手高校の囲碁・将棋部の部員は総勢50人。囲碁10人、将棋40人。
意外にも大半はなんとなく入部したという初心者の部員ばかりだ。
理由を聞くと
”運動部に入るセンスがない”
”しょうがなく”
なんとも消極的な理由だ。
顧問の藤原先生はあの手この手で部員達のやる気を出そうとしている。
部員達の活躍をスポーツ新聞風のポスターにしてみたり、電車の中吊り風にしてみたり。
これがなかなかセンスが良い。でも、これで強くなるとは思えない。

帰りに行きつけの居酒屋へ。
ここでも先生は将棋を打つ。根っからの将棋好きなのだ。
今まで偏差値の高い学校が勝つ頭脳戦と言われてきた将棋の常識を打ち破る!
それが先生の考えだ。
常識を破る方法のひとつとして「乗馬」がある。
休日を返上して馬に乗る。果たしてこれが何の役に立つのだろうか?
先生によると、なんと姿勢を良くするためだそう。姿勢が良くなれば長い時間将棋を指していても疲れない。
なるほど先生独自の理論だ。
乗馬をさせられていた生徒、中川慧梧(けいご)くん(当時2年)六段。
今時の若者らしくリアクションは薄いが、部を率いる実力を持っている。
部のエースをどうにか奮起させたい。それが先生の狙いだった。
というのも最近の中川くん、粘りが足りないのだ。
優勝候補とされた大会でもベスト16。問題はその結果を悔しがらないことだ。
なかなか本気になってくれない中川くんをみて、先生は歯がゆくて仕方がない。
青森が実家の中川くんは親元を離れて寮でくらしている。
地元の進学校を受験して失敗、岩手高校で好きな将棋に打ち込む日々だ。
入部以来目覚しい成績を残してきた。
2年生にして高校4冠と言われる3つを獲得。
前年度では団体戦でも優勝、
@全国高校将棋竜王戦 優勝
A全国高校将棋新人大会 優勝
B全国高校将棋選手権 団体優勝
残すは全国高校将棋選手権の個人優勝のみ。
もしも4冠を達成すれば史上初の快挙だ。なのにそんな記録にも関心がない。
なんというクールさだ。個人の勝利よりも団体での勝利を喜びと考えているようだ。
”なぜ周囲の期待にこたえようとしないのか”
”なぜ勝利に貪欲にならないのか”
先生にはそれが疑問だった。

先生が出張がてらに尋ねたのは中川くんの実家。
ここで彼のクールさの原因が判明した。
彼の父親はガンで亡くなったばかり。実家を守るのは母親の洋子さん。
息子に将棋の手ほどきをしたという父親の豊さん。
中川くんは46歳でもうけた長男。
筋が良かった中川くんは豊さんに連れられて全国の将棋大会を転戦。
父の夢は息子をプロの棋士に育て上げることだった。
洋子さんが案内してくれたのは夫婦で切り盛りをしていた居酒屋。
その2階を息子のために改造し、将棋クラブにした。だからここは父と息子の夢の砦。
中川くんがプロ棋士への登竜門、奨励会の入門試験に挑んだのは12歳の時。
けれど、壁は厚かった。それは大きな挫折だった。その挫折が彼を少し臆病にさせたのではないかと洋子さんは言う。
”一か八かに賭けるということに自信が持てないのでは”
なんとなく本気になれない中川くんに対していったい何ができるのか。
先生は岩手高校にいる間はせめて中川くんの父親がわりをしなきゃいけないと思っていた。
夏の全国大会では団体戦、個人戦両方への出場は許されない。
中川くんが個人戦への出場を決めれば団体戦は圧倒的に不利になる。
それでも先生は中川くんに個人戦で勝負に出ることを望んだ。
個人戦を制したら前人未到の高校4冠。
なにかが変わるに違いない。
しかし、どちらに出場するかはあくまでも本人の意志にまかせる。
はたして中川くんはどちらに出場を決めるのだろうか。

藤原先生は市内で妻と二人暮らし。
将棋部のために休日を返上して奔走する。
ささやかな息抜きは料理。妻の睦子さんによれば、先生は
”家では常に将棋”
”負けず嫌いで”
”オセロは妻の私の方が強い”
そこへすかさず反論する先生。実に仲の良い夫婦だ。
実は先生、岩手高校のOB。
子供の頃から運動は大の苦手。でも将棋だけは強かったようだ。
残念ながら当時の岩手高校には将棋部はなく、なぜかペンフレンドクラブに所属。
どこか物足りない3年間を過ごした。
だから赴任と同時に将棋の同好会を作り、顧問を買ってでた。

目下の気がかりは中川くんだけではなかった。
入学してから将棋をはじめて2年目。いかにも頼りなさそうに見える細井克哉くん(当時2年)
勉強もスポーツもさっぱり冴えない生徒だった。
ただし、部活の時間になると誰よりも早く来て準備を始める。
さぼったことは一度もない。
やる気だけは誰にも負けないが、肝心の勝負のほうは人一倍熱心なのに一軍の公式戦では見事なまでに負けっぱなし。
先生もため息を漏らす。

この日思いがけない相手から対局を申し込まれた。
将棋部きっての実力者、中川くんだ。学年は同じでも気安く話しかけられるような友人ではなかった。
細井くんは
”あんなふうに強くなりたい”
”正直嫉妬したりもする”
妙に老成した話しぶりの細井くん。生まれつき体が弱く、いじめられていたこともあったそう。
中学ではテニス部に入っていたこともあったが、結局腕が上がらず、3年生まで雑用係だった。
当時の様子を聞くと、
”何もしないよりは雑用しているほうがマシだった”
”何かをやって周りの空間を気にしなくできる方が楽”
”命を断とうと思ったりすることもあるが、実際のところ本当に死のうとしているわけではないので無理”
部活の帰り、父親の輝雄さんと落ち合って、今日は男二人、食堂で晩御飯だ。
中学に入ったら運動をしろとハッパをかけたのは輝雄さんだった。
それには訳があった。
”未熟児的に生まれたせいで発達が少し遅かった”
”それが原因ですこしいじめられていた”
輝雄さんはその状況を少しでも改善したかったのだ。
現在スポーツではなく、将棋をしている息子だが、明るい様子で帰宅するのを見て安心している。
将棋でもっと上を目指してもらいたいとも思っている。
しかし当の本人は困惑気味だ。
”そんなに何も出来ない人間に見られているのかな”
将棋は静かな格闘技。対局にはおのずと性格が出る。
細井くんの戦い方を見てみる。
手にしたのは飛車。縦横自在に動かせる最強のコマ。
その飛車を一つ下に下げる。次の一手はまた元の位置へ。これでは攻撃にならない。
たまらず先生が口を挟む。もっと積極的に打って欲しいのだ。

2010年春。
将棋部には20人の新入生が入ってきた。将棋のいろはを教えこむのは腕のたつ上級生と決まっている。
でも先生には考えがあった。
細井くんに自信をつけさせようと教育係に抜擢したのだ。
しかし細いくん、
”人に物事をおしえることほど自信のないことはない”
新入生たちとまず行うのは一人で何人もの相手をする多面指し。細井くんに戸惑ったり考えこむ時間はない。
素早い決断で攻める。それこそ細井くんに最も欠けている要素なのだ。
新人の指導が終わっても細井くんは居残り練習を続けていた。
不器用なくらいに真面目なのだ。
そして、一月後、先生も驚くような結果が。

第32回岩手県高等学校将棋大会。
夏の全国大会に向けた県予選だ。初日に行われる個人戦で翌日の団体戦のメンバーが選ばれる。
一軍の公式戦でいまだ勝ちのない細井くん、結果を出せるのか?
トーナメント戦がスタート。
岩手高校の面々にとってそれは嬉しい出来事だった。
なんと細井くんが勝利。初めて見せる満面の笑顔だ。
そして誰もがあっけにとられる展開が。
2回戦、細井くんの前に強敵が。県内随一の進学校の生徒が相手だ。
ところが細井くんの表情は冷静そのもの。そして攻める、攻める、攻める。
そして勝利。この日だけで勝ち星が3つ。本人も驚く快進撃だ。
細井くんの勢いを団体戦に。先生に迷いはなかった。
団体戦一軍にはA1とA2、2チームが挑むことになっている。
先生はこの結果をみて、細井くんをA2の大将に抜擢した。
”まさか”
”団体戦のメンバーには一生ならないものだと思っていた”
もう何も出来ないなんて言わせない。A2チームの大将は力強い攻めを重ねていく。
順当に全国大会にコマを進めたのはA1チームであったが、細井くんのA2チームも準優勝と大健闘。
これを境に細井くんは変わった。
探し続けていた自信が見つかったのだ。

全国大会まであと2ヶ月。
団体戦のメンバー候補はほぼ決まっていた。
筆頭にはエースの中川くん(六段)。西田明斗くん(3年、三段)
ところが、主将で四弾の澤口諒允(あきのぶ)くんが部活に姿を見せなくなった。
実は澤口くん、このころから受験に身を入れ始めていた。
考えてみれば主力メンバーは皆高校3年生なのだ。
その澤口くんが久しぶりに部活に顔を出す。
悩める年頃、勝負の勘も遠のいた。
将棋をとるか、受験をとるかこればかりは本人が決めること。
先生は口を出さない。
一方中川くん、個人戦をとるか、団体戦をとるか。
腕に自慢の高校生がしのぎを削る将棋の全国大会が迫っていた。
顧問の藤原先生は個人戦に出るのを強く望んでいた。
放課後、中川くんは考えぬいた末の答えをだした。
”個人戦で出ます”
前人未到の四冠へ。大記録を狙う。
”自分が団体戦から外れたらかえって仲間たちは奮起してくれる”
そんな思いもあった。中川くんの決断に先生も胸を撫で下ろしたようだ。

2010年8月。
宮崎県日南市で高校生の将棋日本一を決める全国大会が開かれた。
大方の予想通り決勝まで勝ち進んだ中川くん。
相変わらず淡々とした表情で相手を追い詰める。
かつて誰一人達成できなかった四冠を勝ち取った。
しかし一方で帰ってきた主将、澤口くん率いる団体戦は優勝を逃してしまった。
決勝で惜しくも敗れた。相手は天下の灘高。しかも0-3で完敗。
高校生活最後の夏だった。
それでも母校は祝勝会に盛り上がる。
全国48校が出場した大会で準優勝は誇らしい成績だ。
けれど大人たちの喝采にはそうやすやすと収まりきれない夢を若者たちは秘めていた。
だからあの震災にもめげず、再び結集した。

2011年3月22日大阪。
主に大学のチームが競う学生将棋選手権。
高校生で出場するのはほんのわずか。
震災直後の混乱の中で彼らは大学生に戦いを挑んだのだ。
中川くんをはじめとして岩手高校の最強の布陣を敷いた。
初戦を突破した2戦目。岩手高校2-3岡山大学A。
やはり相手は強かった。先生も匙を投げる。
”全部5-0で勝てば届くだろうがそれは奇跡に近いのでもう無理だろう”
上位出場は絶望的。なのに彼らだけは諦めていなかった。
そして将棋の神様はこの若者たちを見放さなかった。
先生にかわって仲間を熱く引っ張っていったのはエースの中川くんだった。
淡々とマイペースだった中川くんが猛全とやる気を出していた。
3戦目、対中央大学。
岩手高校5-0中央大学
なんとストレート勝ち。
4戦目、対神戸大学。
岩手高校5-0神戸大学
これもストレート勝ち。
この時点で岩手高校は6位。決勝へ進むには京都大学を倒さねばならない。
5戦目、対京都大学
高校生との対局に相手は余裕綽々。でも勝負はぎりぎりの接戦にもつれ込む。
最初に白星を上げたのはやはり中川くん。
続いて2勝目、そして3勝、4勝と続き、
最後に残ったのは澤口くん。
互いの持ち時間が減っていくと凄まじい打ち合いになった。
もう駒が正確にどちらを向いているのかわからないくらいだ。
勝利をもぎ取ったのは澤口くん。
岩手高校5-0京都大学K
決勝トーナメントへ進出だ。

結局、準優勝で敗れたものの、高校勢唯一のベスト4。
震災の悲しみを一時吹き飛ばす快挙だった。
先生も驚いた。
”あいつらは奇跡をおこした”
”スゲーやるな”
教えられたのは先生の方だったのかもしれない。

あれから1年半、将棋の腕を見込まれた中川くんは京都の大学へ進学した。
立命館大学、将棋研究会で目下アマチュア将棋界の頂点を目指して研さんに励んでいる。
一方、
将棋で自信を取り戻した細井くん。
地元盛岡で医療福祉の専門学校に進み、将来の夢は心理カウンセラー。
いじめの経験を仕事に役立てればと考えている。

年を経てふと考える10代の頃。
あなたは何を夢に見て、どんな悩みを抱えていただろうか?
世の中はとかく様々なものにランクを付ける。
しかし果たして学校のランクは意味を持っていただろうか。
人生の豊かさは胸を熱くした思い出と涙で濡れた切なさで決まるはず。
岩手高校は去年、先輩の雪辱を果たし、3年ぶり2度目の団体戦日本一に輝いた。
夢中になること。
買っても負けてもいいから何かに没頭すること。
人生の行方を決めるのは偏差値ではない。

大津で起きたいじめ問題で自殺したのも10代の少年でした。
一方で、将棋に情熱を燃やして戦ったこの少年たちも10代。
人生で貴重な10代をどのように過ごすかで、今後の人生の大半を左右する気がします。
そしてこれだけ打ち込めるものがあった岩手高校の彼らが羨ましく思います。
挿入で流れるスキマスイッチの「全力少年」も爽やかさを際立たせてくれました。
番組中一番盛り上がったのは学生将棋選手権での快進撃。
それはまるでドラマを見ているような迫力でした。
高校を卒業してそれぞれ別の道に進む彼らには次にどんなドラマが待っているのでしょう。
誰にでもある10代の頃を見つめなおせた非常に見応えのある番組でした。


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posted by ドキュメントまにあん at 09:41| Comment(3) | TrackBack(0) | ザ・ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
感動しました。私にもあんな時期、時代があったなぁ・・・と思いながら、「ほんとにあったか?」と自問自答。
すでによく思い出せないくらいに褪せてきてはいるものの、何かに一生懸命だったのを覚えている。
「最近の若者は、、、」と親父の年代にはよく言われ、いつの間にか自分もそんな言い方しているが、まだまだ、捨てたもんじゃない。若い世代に期待も希望も夢も、素晴らしい!!
Posted by 大平 隆 at 2012年10月23日 15:30
この番組は私の見たドキュメンタリーの中でもかなり上位に位置します。
若い学生の必死な姿を過去の自分に重ね、思わず熱くなりました。
しかも、スポーツや格闘技ではなく「将棋」。
静かな印象しかなかった将棋をここまで熱く見せてくれた制作側にも感服しました。
そろそろ来るんじゃないでしょうか「将棋ブーム」
Posted by ドキュメントまにあん at 2012年10月26日 14:28
昔、中川君が小学生の頃、森内俊之さんが地元に指導対局に来ていて、中川君は2枚落ちで森内さんに勝利していました。昔「将棋世界」という専門誌で見たことがあります。

野球のイチローも高校から寮生活だったそうですが、何か大切なものをその時、得たのではないでしょうか?

中川君はアマ王将となり、朝日アマ名人戦でも優勝しました。今度は先輩の稲葉聡さんと頂上決戦です。
Posted by ラーマ at 2016年04月30日 23:31
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