2012年05月15日

濃厚な二人の時間

ザ・ノンフィクション
年上女房日本海〜16歳年の差夫婦・民宿物語〜


夫婦それぞれの視点から語ってゆく濃厚な二人の物語。

新潟県の最北端村上市桑川。
このあたりの海岸は笹川流れと呼ばれ、日本百景にも選ばれる景勝地となっている。
日本海では海の幸が多く採れ、特に天然の岩牡蠣が名物だ。
夏牡蠣とも呼ばれ身がぎっしり詰まっている。
岩牡蠣は一日一人400個までと決められているが、収穫できる量は年々減ってきた。

漁師になって17年の啓治(けいじ)さん(53歳)。
このあたりではまだヒヨっ子だ。
70代,80代の漁師がゴロゴロいる。

民宿兼食堂「ちどり」自慢の我が家だ。
啓治さんは漁にも出るが、厨房にも立つ。
日本料理屋で少しだけ板前修業もしたが腕前はそれほど自信はない。
しかし、何より食材が良いのでカバーしてくれる。
一泊二食付きで6500円、常連客は新鮮な海の幸を目当てにやってくる。
もう一つの名物が16歳年の離れた奥さんの幸さん(69歳)だ。
毎年会いに来るファンもいる。


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啓治さんは月に何度か田舎へ帰る。
車をとばして片道三時間、距離にして140キロ。
山形県寒河江市にある大きな家が啓治さんの実家だ。
ひい爺さんはこのまちを開拓した功労者だ。
啓治さんも農作業は小さい頃から仕込まれ、実は今でも農業のほうが得意だ。
この日はそばの収穫を手伝いに来た。
家にいるのは年老いた母親一人。

三人兄弟の長男として生まれた啓治さんは高校を卒業後、自衛隊へ入り
航空自衛官として茨城県の百里基地で働いた。
五年後、山形空港にある警備会社に転職、実家に住み、休みの日は農業を手伝った。
28歳のとき職場で知り合った九歳年下の女性と結婚。
子供もできた。
ところが、妻は真面目すぎる性格で育児ノイローゼになってしまった。
六ヶ月になった我が子を連れ、雪山で命を絶った。
幸い子供だけはなんとか助かった。
妻はわずか21歳の命だった。
死に方も壮絶だった。家から持ちだした包丁で自らの腹を刺した。
警察に駆けつけたとき、裸にされ、「物」として扱われた妻が横たわっていた。
彼女の悩みや苦しみをもっと聞いてやればよかったと後悔している。
遺書には「ごめんなさい」の一言。

結局何もしてやれなかった。
人生には取り返しのつかないことがあると知り、生きる気力は失せ、
仕事にもいかず家に引きこもって三年が経った。
もはや死ぬことしか考えられなかった。
「死んで妻に詫びよう」
死ぬのは海にしよう。
妻のように冷たい山の上では死にたくなかった。
そしてたどりついたのが、村上市桑川の漁村だ。
何日か死に場所を探した。
そして立ち寄った食堂、それが「ちどり」だった。

そこで初めて幸さんと出会った。
啓治さんは当時32歳、幸さんは48歳
運命的な出会いだった。
16歳も年の離れた幸さんは前の妻とは何もかも正反対だった。
啓治さんをやさしく包み込んでくれ、何者にも抗わない生き方を教えてくれた。
すぐに幸さんと同棲を始めた。
実家に呼び戻され離れて暮らした時期もあった。
母親も悩んだが、啓治さんには何度言っても無駄だった。

晴れて夫婦になったのは出会って7年目。
啓治さん39歳、幸さん55歳のときだった。
二人はこの海で生きていくと決めた。
そしていつの間にか20年が過ぎた・・・

幸さんは若いころからこの旅館を必死で切り盛りしてきた。
昼間は海女として海に潜り、夜は料理をして出す。
寝る間も惜しんでそれを繰り返してきた。
そんなある日、店に現れたのが啓治さんだ。
今でこそ太ってしまったが、全てがタイプの男性だった。
幸さんは高校を卒業すると海女としてデビュー。
誰にも負けたことはなく、近所では名の知れた女名人だった。
22歳で結婚し、子供も授かった。
二人の娘は嫁ぎ、今では離れてくらしている。
生活の糧は父親から譲り受けたこの食堂。
がむしゃらに働き、店は繁盛した。
しかし、おおざっぱな性格からかたびたび大きな借金を背負わされたこともある。
啓治さんと知りあったのも信頼していた人物から裏切られた直後だったのだ。
一目惚れだった。
啓治さんともう一度人生をやり直したいと思った。
16歳の歳の差は気にならないと言ったら嘘になるが、一緒になれるだけでよかった。

幸さんには持病がある。
20代で発病した糖尿病だ。
啓治さんと出会った頃にはインシュリンの注射が必要な状態だった。
病は急速に体を蝕んでいた。
寒くなるとよく足が痙攣する。
啓治さんの助けがなければどうなるかわからない。
寒い時期は啓治さんの寝不足が続く。

幸さんはつまみ食いが大好きだ。
糖尿病には悪いとはわかっているがやめられない。
啓治さんもあきれている。
そんな不摂生がたたり、腎臓が全く働かなくなってしまった。
とうとう人工透析をしなければいけなくなった。
一回五時間、週に三日これを一生続けなければいけない。

ちどりが忙しいのは夏。
幸さんが病気だからといって休んではいられない。
この時期は夜中二時に起きて小鉢用の食材を準備する。
夏の三ヶ月間は一年の売り上げのほとんどを稼ぎだす大事な時期。
この時期は自分たちの部屋まで客席になる。
ちょっと雲行きがあやしくなってきた。
料理がまったく追いつかない。
夜中から働き詰めの幸さんにも限界が。
糖尿病による披露感が極限まで達してしまっている。
夜は夜で泊まり客の食事の支度をしなければいけない。
こうして夏は過ぎていった。
そして秋が過ぎ、幸さんには辛い冬がやってきた。

幸さんは70歳になった。
この日のために啓治さんはプレゼントを用意した。
ダウンのハーフコートだ。幸さんに似合う色を選んだつもりだ。
啓治さんは久しぶりに奮発してプレゼントしたのは理由があった。
幸さんが来月また入院するのだ。
糖尿病による合併症の検査のため、入院することになったのだ。

年が明けても幸さんの体調は悪かった。
合併症の検査をする。結果次第では入院が長引くかもしれない。
以前にもまして手足のしびれがひどくなっている。
幸さんの体は思っていたよりも悪く、全身病気だらけだ。
足の血管が詰まり始めていたため、緊急手術を行った。
辛い入院は2週間続いたが、家に帰ることができた。
幸さんの寝顔を見ながら啓治さんは涙する。
良かった。
やっぱり命が一番大切だ。としみじみ思う。

春になり、幸さんの車椅子を押しながら二人桜を愛でる。
あと何度この桜が見られるかわからないけどこれからもよろしく。




幸せな二人の図で締めくくり。
かと思いきや、2012年3月19日
幸さんは今年3月19日71歳の生涯を終え、亡くなったとのこと。
二人とも波乱万丈の人生を送ってきて、ようやく分かり合える伴侶を見つけたのに
それも長くは続かず、また離れ離れになってしまいました。

都会で暮らす人間にとって田舎で暮らす人々はのんびりと毎日同じ暮らしを送っているのだと
勝手に想像していたのですが、あっさりと裏切られました。
まるで一本の映画を見ているように濃厚で刺激的な内容でした。
自殺による死別、山の畑仕事から海の漁師への転職。
片道三時間の車での遠距離恋愛。
そして16歳の歳の差結婚。
幸さんが亡くなり、寂しいでしょうが、
啓治さんは誰にも負けない良い人生を送っていると思います。


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posted by ドキュメントまにあん at 17:06| Comment(0) | TrackBack(0) | ザ・ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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