2012年05月08日

日本で働く2人の笑顔が最高!

NNNドキュメント'12
ユリウスとロフマン 外国人介護士の1350日


赤道直下の国インドネシア共和国。
2008年8月
介護士候補生として104名のインドネシア人が日本へ向けて出発した。
その中の2人の青年、
一人はクリスチャンのユリウス・イエサヤ・アンパン(当時24歳)と
敬虔なイスラム教徒のロフマン(当時23歳)だ。

2人が日本に行くと決めた大きな理由はずばり「お金」
インドネシアでのユリウスの月収は1万円ほどだが、日本では10倍以上が約束されている。


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来日してからの半年間は大阪で日本語と介護の基礎を学ぶ。
介護福祉士には4年間の滞在が認められているが、
その先日本に残って働くためには難しい日本語が並ぶ国家試験を突破しなければならない。
日本人でも合格率は50%という難関。
不合格なら即帰国しなければならない。
そして、国家試験を受けるには3年間の実務経験が必要だ。
長野県の特別養護老人ホーム「うえだ敬老園」
2人はここで経験を積むこととなった。

2009年、2人は半年間の研修を終え、いよいよ長野へやってきた。。
勤務初日のオリエンテーション。
2人の書いたメモにはまだ漢字はほとんど無い。
昼過ぎになるとロフマンがしきりに時計を気にしている。
彼は休憩を申し出た。
イスラム教徒である彼は祈りをしなければいけなかったのだ。
普通の勤務になればそんな自由は効かない。
「迷惑がかからないよう自分で考えて行動して下さい」
と指導スタッフは声をかける。
彼は祈りの時間を少しずらすことにした。

看護の資格を持つ2人だが、実は看護と介護の違いもわからず日本に来ていた。
当分の間職員が付きっきりで指導にあたらねばならない。
それでも2人を必要とするのには理由がある。
1950年代65歳以上の人口は全体の4割足らず、
ところがその数は増え続け、2030年には3700万人を超える。
人口ピラミッドはつぼ型に変化し、超高齢化時代が到来する。
介護サービスを利用する人も増加、介護職員も2025年には今より100万人多く必要になると国は試算している。
それにはどうしても日本人だけでは対応しきれないのだ。

ユリウスたちの受け入れは2007年に締結された経済連携協定(EPA)に基づくものである
日本は関税の引き下げによる貿易の拡大と引換に
インドネシアから介護と看護の分野で人材を受け入れるうことを約束した。
失業率が高いインドネシアでは雇用の場と外貨を獲得するチャンスであった。

第一陣を受け入れた施設のほとんどが将来のための人材確保と位置づけていたが、
国の説明はあくまで特例であって、人材不足を補うためではないと言う。
経済活動の連携強化のための特例と位置づけているのだ。
彼らは職員とはみなされず、給与などは施設の負担となる。
さらに渡航費や研修費を含めると4年間で一人あたり1000万ほどかかる計算になる。

長野にきて3ヶ月。
気さくで明るいユリウスと仕事熱心でやさしいロフマンは
職員や利用者とも打ち解けてきた。
文化や習慣にも慣れてきた。

お年寄りを敬う国インドネシア。
ほとんどの施設が候補生の姿勢を評価している。

彼らを受け入れた施設へのアンケート
●気持ちがやさしい
●日本人スタッフの刺激になる
●目線を合わせた介護や接し方が自然にできている

3Kと呼ばれる現場。
ユリウスたちにはなんとしても試験に合格して残って働いて欲しい。
一緒に働く日本人スタッフは思っていた。
試験まで2年。
週に2回専門学校に通わせる。
もちろんこの費用も施設が負担。
●学習支援は施設任せが多く、負担が大きい。
●少ない人数でやりくりする中指導者の確保が難しい
●施設に来た後は丸投げ状態

働き初めて1年半。ある日ユリウスから思いがけない告白が。
結婚するというのだ。
試験に打ち込むため、2人は2DKのアパートに引っ越した。
そしてロフマンも婚約した。
相手は同じ候補生として神戸で働く女性。
彼女と2人揃っての合格を目指している。

2011年
この年、国は方針を変え、不合格でも一定の条件を満たせば滞在を延長を認めるとした。

東京で4日間の介護技術講習会が実施された。
最終日の認定試験に合格すれば国家試験の実技が免除されるのだ。
2人は上位の成績で合格。
そして日々の業務にも成長がみられる。
業務日誌も今では漢字で普通に書けるようになった。
国家試験まで半年を切ると、施設側は2人の業務を午前中だけにし、午後からは勉強ができる環境を作った。

2012年1月29日 
国家試験当日。
全国で13万人が受験をする介護福祉士の国家試験。
インドネシアからの候補生104人のうち94人が挑んだ。
マークシート形式で120問を1問1分半で解かねばならない。
今年から難しい漢字にはルビが振られるようになった。
しかし、内容は日本人と全く同じだ。
合格発表は2ヶ月後。

そして発表の日。
前日からほとんど眠れなかったロフマン。
パソコンから自分の名前を探す・・・

ロフマンは見事合格した。
早速アラーの神にお祈りをする。
ロフマンは寝ていたユリウスを起こした。
彼も見事に合格していた。

インドネシア候補生の合格率は37%
2人はその難関を揃って突破したのだ。
ロフマンは晴れて介護福祉士としてうえだ敬老園で働く。
一方ユリウスは・・・
インドネシアに帰ることを決めた。

家族のために働いた3年間。家族のために帰国を決めたユリウス。
あの日、日本に来た候補生の46,6%約半数が帰国の道を選んだ。
それでも介護士施設の9割が外国人を受け入れる必要があると答える。

彼らは”4年間の労働契約で来た”とはっきり言っている。
そんな彼らを責めることは我々にはできない。
制度のあいまいさが大きな問題なのだ。
経済連携協定(EPA)制度を変えて人材を確保する制度に改めないといけない。
うえだ敬老園の理事長は言う。

しかし、厚生労働省は外国人の受け入れには消極的だ。
介護分野は少子高齢化の中で大きな雇用を生み出す潜在力がある。
その中でEPAに基づく外国人受け入れはあるが、基本は国内で人員を確保するというのが政府の考え方。

ロフマンは夏から同じく合格した奥さんと夫婦2人でうえだ敬老園で働く予定だ。
介護の仕事にやりがいを感じるロフマン。
しかし、いつまで日本で働くかは決めていない。
ユリウスはこれから日本を目指す若者に介護を教えたいと思っている。
しかし、今インドネシアから来日を希望する若者は減っている。
条件が緩やかで働きやすい中東へ行く割合が高い。
10年後車椅子を押しているのはいったい誰なのだろうか?

ちょうどニュースでもやっていましたね。
インドネシアからきた介護士候補生が合格したにもかかわらず2名が帰国。
このうちの一人がユリウスなんでしょう。
何も補助をもらえないのに施設側は人権確保のために外国人を受け入れる。
しかし資格を取得したら帰国してしまう。
インドネシアから来た彼らにとっては当たり前の決断だと思います。
試験を受けるまでの4年間は自国の10倍の賃金を貰うことができるわけですから・・・

すべて日本の制度がおかしいだけです。
試験を受けさせるためだけの制度のような気がします。
このままでは日本人もインドネシア人も幸せにならないのではないでしょうか?










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posted by ドキュメントまにあん at 23:52| Comment(2) | TrackBack(0) | NNNドキュメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
現在介護現場で働いている者です。
日本語がほとんど分からない状態からスタートして合格までいった彼らには、本当に敬服します。
介護にとって必要なことは難しい漢字が読めることよりも、彼らのような明るさだと思います。
Posted by kou at 2012年06月15日 00:11
kouさん
現場からの貴重なご意見ありがとうございます。
他局でもアジア各国からの労働者を取り上げている番組が放送されていましたが、
やはり、資格試験の難関さについて触れられていました。

このような制度が当然のごとく施行されている現状は納得いきません。
彼らのような人材が日本にとってどれだけ重要なのかをもっと考えるべきです。
Posted by ドキュメントまにあん at 2012年06月15日 11:21
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