2012年04月05日

テレメンタリー2012 3・11を忘れない よみがえれ!荒波に眠る宝もの

外海でカキの養殖を行う石森さん
通常の養殖とは全く異なる方法だ。
荒波に揉まれることで味が変わってくるという。
その名も「荒波牡蠣」

あの震災の日、すべてが流された。
石森さんが一番ショックだったのは牡蠣処理場を失ったことだった。
牡蠣は徹底した衛生管理の下で出荷されるのが法律で義務付けられている。
その処理をする場を失ったのだ。

漁をやめてしまおうか・・・そう思ったことがあったが、
まだやり残していることがあった。
後継者である息子への技術の伝承だ。
息子だけではなく、多くの人々にも教えている。

処理場を再建すべく役所へ掛け合う。
想定額は1億円、2/3の補助を約束してくれたが、1/3の金額ですら捻出が難しい。
地元ラジオ局で支援を訴えた。
東京にも足を運び、東京労福協五団体セミナーで訴えた。
石森さんが考えたのは1口1万円からの「荒波牡蠣オーナー制度」
1万円でオーナーになった場合、
5000円は処理場建設への資金、残り5000円で卸値の牡蠣が届く。

3年前に奥さんを亡くし、仮設住宅で暮らす石森さん。
2人の息子とも現在は離れて暮らしている。
年末、たった一人で過ごす年越しは初めてだという。
一人で年越しそばをすすり、紅白歌合戦を見て涙ぐむ。

年明け1番の漁でよい牡蠣が採れた。
津波が体積していたヘドロを押し流してくれていた。
結果、牡蠣は格段においしくなっていた。

喜びもつかの間、処理場の建設が驚くべき事態になっていた。
なんと建設費が2倍ほどにふくれあがっていたのである。
人手不足、材料費の高騰により、単価が上がってしまうのだという。
日当10万円でも大工が確保できないのだ。
一緒に資金を出して再建しようとしている仲間のところへ説明にいくと、思わぬ反対があった。
息子の隼人さんはじめ若い漁師達からの反発だ。
彼らは費用の高騰に納得できないのだ。
思わず声を荒げる石森さん。
若い漁師達と溝ができてしまった。
肩を落とした石森さんに引退した父親が声をかけ、再び再建を誓う石森さん。

35年間牡蠣一筋でやってきたが、今年からわかめ漁を始めることにした。
息子、父親も一緒だ。
一緒に漁にでることでわだかまりも消えてきた。

震災から1年。
牡蠣はいつでも出荷できる状態にまで回復した。
今は処理場がないので地元の人達にふるまうだけだが、
牡蠣を食べて喜んでいる人達の笑顔が牡蠣漁復活を支えてくれる。



1年で漁が再開できるまでに復活できたのは驚きました。
外海で養殖していたからなのでしょうか?
天候や地震に左右されてしまう仕事は突如ひっくり返る可能性があります。
今回は自然を相手に仕事をする大変さが理解できた回でした。






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posted by ドキュメントまにあん at 10:55| Comment(0) | テレメンタリー2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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