2012年04月12日

デザイン変更します

黒ベースで暗い印象だったこのブログのデザインを少し変えてみようと思います。
落ち着くまでいろいろ試してみます。
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2012年04月11日

テレメンタリー2012 3・11を忘れない ココロのトケイ

〜帰らぬ妻 残された夫 教師として〜

岩手県立大船渡高校定時制教師
小野寺浩詩さん(44)
震災の日、すべてを失った。建てたばかりの自宅も妻も・・・
妻の素子さんも教師だった。
あの日生徒を助けに行ったまま帰ってこなかった。

岩手県陸前高田市
結婚してまだ1年も経っていなかった仲むつまじい教師夫婦。
浩詩さんと素子さん。
地震の直後、素子さんは学校の生徒を非難させた後、車に乗り込んだ。
”プールに生徒たちがいるので行ってきます”
学校から海岸方向へ少し行ったところにあるプールへ向かった。
プールにいた生徒は9人。
水泳部員6人死亡、1人行方不明。助かったのは2人だけ。
助かった2人は素子さんには会っていないという。
3ヶ月後、素子さんの車だけが市内で見つかった。

震災から1ヶ月以上遅れて新学期が始まった。
浩詩さんも教壇に立つ。
家を無くした生徒、親戚を亡くした生徒みんなそれぞれに心の傷を抱えている。
浩詩さんは理科を教えている。
現実から逃げ出したい気持ちをぐっと押さえ、
最初の授業で地震と津波の話をした。

定時制には放課後はない。
授業の前から職員室にやってくる生徒たちに妻がいない現実を忘れさせてもらった。

半年後、瓦礫は少しづつ片付き、日常が戻ってきつつあった。
旭川で開かれる教育功労者表彰の会へ出席するため、浩詩さんは妻の地元、北海道へ。
浩詩さんは功労者として表彰された素子さんの代わりに出席した。
心のすみでいつかふらっと帰ってくると思っていたのだが、
会場にあった素子さんの大きな遺影を見て現実を突きつけられた。
勇敢な教師として表彰されることで素子さんが過去になってしまう。

11月
年に一度のスポーツ大会。
生徒の前で苦しい姿を見せることはない。
生徒たちも「先生は無理してがんばっているんだな」と薄々感じている。

12月
東日本大震災犠牲者合同お別れ会 感謝状贈呈式
犠牲になった素子さんと水泳部員のために開かれた。
津波の被害から逃れることができた生徒たちに小野寺さんはあるものを手渡した。
素子さんと生徒たちとの交換日記である。
中には生徒たちと真正面から向き合っていた1人の教師の姿があった。
震災以来、再び雪が降ってきた頃、生徒たちとの向き合い方が変わってきた。
浩詩さんは生徒たちと面談し、その心の傷を探ろうとしていた。

年が明けた2012年3月
浩詩さんは素子さんの葬儀をすることにした。
妻が帰ってこないという現実を受け入れることにしたのだ。
素子さんの教え子達が前に進むためにも必要なことだった。
現実という時計は時を刻み続ける。
未来を今に変えるには今を過去にしなければいけない。
心の時計の針を進めるためにも・・・

震災から1年後
岩手県と陸前高田市の合同追悼式。
黙祷を終え、小野寺さんが向かった先は素子さんと暮らした新居の跡地。
自分と生徒たちの1年を振り返る。

そして3月22日
終業式の日。
生徒に対して自分に対して気持ちを語る。
心の時計がちょっとずつ動き出した。



このシリーズももう30回を超えました。
これだけ長く震災被害を追いかけている番組はないでしょう。本当に尊敬します。
被災した人にはそれぞれ生きてきた人生があり、
1つの番組中で語りきれるものではありません。
しかし、震災を経験しなかった人々やこれから成長していく子供たちにTVというメディアを通して
人の生きざまを伝えていくことは非常に意味のあることだと思います。


















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2012年04月10日

テレメンタリー2012 どもってもいいんだよ 〜僕は吃音ドクターです〜


福岡市にある九州大学病院
耳鼻咽喉科
菊池良和医師(33)
吃音(きつおん)と脳の関係を研究する吃音ドクターである。
彼も吃音である。
彼が初めて自分の声が思うように出せないと気づいたのは小学1年のとき、
最初の言葉が出ずらく、苦しかったのを覚えている。
一生懸命話すけれども誰も認めてくれなく、笑う人もいた。
死んでしまいたいと思うこともあった。
しかし、親に心配をかけたくなくて病院に行きたいとも言い出すことができなかった。
「どうしてうまく声が出せないんだろう?」
それを知りたくて中学生の頃から医師を目指すようになった。

吃音は言語障害の1つであり、100人に1人あるとされている。
成長とともに症状がなくなる人もいるが、原因はわからず、治療法も確立されていない。
言語聴覚師との訓練でしゃべりやすくすることはできる。
多くの人は話すのをためらい、隠そうとしている。

吃音は5歳くらいまでに症状が出ることが多く、菊池さんは講演で親たちの悩みに答える。
育て方が悪かったのではないかと感じる親達に親の育て方が悪いのではないんだと伝える。
講演を聞く親達の中に中野さん夫婦の姿が。

息子の貴浩くん。
福岡県久留米市の小学校に通う小学5年生。
夢はプロ野球選手。
友達と遊ぶ間は症状を気にする様子はないが、
授業中、みんなの前で本を読む時、うまく本が読めない。
貴浩くんは週に1度、午後の授業を抜けて別の小学校に行く。
「ことばの教室」吃音のために組まれた特別なカリキュラムを受けるためだ。
ここで貴浩くんは先生と練習している。

貴浩くんにとって忘れられない出来事。
学校の集会で話そうとした時、言葉がつまってしまった。
そのときにおきたざわめき・・・
貴浩くんは笑われたのだと思って悔しかったことを覚えている。
今でも思い出すと涙が出てきてしまう。
当時の様子はビデオにも収められている。

ある日、両親が連絡を取って貴浩くんは菊池さんと会えることになった。
貴浩くんは自分と同じ悩みを持つ大人に会うのは初めてだ。
2人きりの面会の後、すぐに何かを書き始めた。
口に出せなかった思いを書き、菊池さんに手紙として渡したのだ。
あれから3週間、貴浩くんは授業で小さな発表をした。
両親も先生たちも貴浩くんが積極的になったと感じている。

吃音がある人たちが集まる自助グループ
福岡言友会
全国に32箇所あり、900人の会員がいる。
菊池さんは大学時代にここである言葉に出会った。
「どもってもいいんだよ」

菊池さんの研究で吃音の原因として脳の聴覚機能が関係することがわかってきた。
言語聴覚師になろうとしている学生たち向けての講演で彼らに呼びかけた。
「吃音で苦しむ人たちの良き理解者になってほしい」

菊池さんの夢は吃音があっても生きやすい世の中を実現することである。
吃音ドクターは今日も言葉を詰まらせながらエールを送る。



吃音・・・
私の周りにもたまに見かけることがありますね。
思っていることが口に出せないのは非常に辛いと思います。
特に多感な小中学生の頃に嫌な事を経験すると一生のトラウマになってしまうでしょう。
確かに吃音の方々と話をするともどかしい思いをすることがありますが、
その方々からいただくメールを読むと、
びっくりするほどまとまった文章を書かれたりします。
ただ話し方が人と少し変わっているだけで、差別や偏見の目で見るのはいけませんね。

















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