2012年03月24日

NNNドキュメント 3・11大震災シリーズ31


きっと会えるから・・・
〜大川小 遺族の1年〜

巴那(はな)ちゃん
いまだに見つからない子へ母親が手紙を書く。

石巻市立大川小学校
北上川の河口から5キロ離のところにある。
震災の日、8メートルの津波が襲った。
全校生徒108名のうち74名が犠牲になり、巴那ちゃんを含めまだ4人見つかっていない。

巴那ちゃんを失った両親。
鈴木さん夫妻。
お兄ちゃんの堅登(けんと)くんも同じ日、津波にさらわれたが8日後に見つかった。

地震のあと、大川小学校の生徒達は校庭へ一時避難をした。
津波から逃げるようにと放送があったにもかかわらず、教師たちは生徒を川のそばの三角地帯へと連れて行く。

そして津波にのまれた。
なぜ、すぐ近くにある裏山に逃げなかったのか、遺族は学校側に説明を求めた。
学校側の説明は、
・ここまでの津波を想定していなかった。
・裏山はがけ崩れの心配があった。
と説明、何度かの遺族説明会の後、人災を認め、謝罪した。

母親の携帯には震災数日前の映像が50秒だけ残っている。
そこにはピアノの発表会に向け練習する巴那ちゃんの姿。
今では宝物だ。

お盆を前に母親は巴那ちゃんの死亡届を出し、葬式をあげた。

年が変わり、母親の願いが1つ叶った。
今までは願っても1度も見ることはできなかった巴那ちゃんの夢を見た。
夢の中の巴那ちゃんは元気だった。
それ以来、毎日書いていた手紙を書かなくなった。

3月11日震災から1周年
夫婦の時計は進まない。
今日も巴那ちゃんを探し続ける。

見ていて辛い番組でした。
2人の子供を亡くした家庭がこんなに静かになるものなのか・・・
毎日巴那ちゃんを探している両親、
いつの日か見つかるのかもしれませんが、
それで両親2人の心が救われることはないでしょう。
地震と津波は人の一生をこうも簡単に変えてしまうんですね。
















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posted by ドキュメントまにあん at 08:03| Comment(0) | NNNドキュメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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