2012年03月16日

NNNドキュメント 3・11大震災 シリーズ30


行くも地獄戻るも地獄
〜倉澤治雄が見た原発ゴミ〜

倉澤氏は日本テレビ解説主幹であり、今回の番組は自身の足で取材を行なっています。

まず1979にメルトダウンを引き起こしたアメリカペンシルバニア州
スリーマイルを尋ねました。
今でも原型を留める現地。
当時燃料を取り出し終わるまで10年かかったといいます。
ロボットを使い、遠隔で取り出して
3000キロ離れたところまで運ばれました。
そこは東京23区をはるかに越える広大な敷地でもし、
万が一の場合でも住民に被害が及ばないよう常に監視されています。

スリーマイル原発の取り出した燃料は「TMIパッド」と言われ、
厚さ60cmのコンクリートで囲まれた鋼鉄の容器に入っています。
あの事故からもう20年経ちました。

事故処理の中心人物を尋ねて聞いたところ、
スリーマイルでは解けた燃料は圧力容器に留まっていたからまだ10年で済んだ、
しかし、福島では3箇所で圧力容器の底を突き破り、
更には建物も水素爆発で吹き飛んでしまった。
福島の事故は非常に厳しい状態だと。

アメリカのような施設は日本にはありません。
そんな国で起きた原発事故、
その中でも4号機の使用済み燃料プールの存在は世界を震撼させました。
隙間なく詰め込まれた使用済み燃料はとても危険です。
隙間がないと核反応が起きやすいのです。

政府が真っ先に止めた浜岡原発にも同様のプールがあります。
現在、浜岡全体では6500体の燃料が保管されています。
全国に54基ある発電所の燃料の数を集計すると61000体以上。

他の国に比べ日本では燃料は長い間プールに入れられます。
隙間がないため、十分に冷却するのに多くの時間がかかるからです。

冷やした燃料は全国から青森の六ヶ所村に送られてきます。
保管可能13000体に対し9割がすでに埋まっている状態です。
日本では使用済み燃料はゴミではなく再利用できる資源として考えられているのですが、
トラブル続きで実現できていないのが現状です。

青森の六ヶ所村はあくまでも中間貯蔵施設であり、
最終処分であありません。
1985年、北海道の幌延町はかつて手を上げましたが、
知事が反対したため最終処分場にはなりませんでした。

高知東洋町でも町長が手を上げたが、選挙で落選、
更には交付金で住民の意見を釣るやりかたに知事が激怒しました。

最終処分場の理解を促し候補地を探す役割にあたる団体が「NUMO」。
天下り官僚もいる80人の団体です。
10年たっても応募がない状態が続いています。

国は根本を見直す動きに出ています。
青森=最終処分場という考えもあがったが、話し合いは堂々巡りです。

もう引き返せない・・・



原発の厳しい現状を垣間見ることができた番組でした。
今回の事故がなかったとしても近い将来、
日本のどこかで事故が起きていたと思います。
10万年以上も安全に保管できる施設なんて存在しないでしょう。
少なくとも今回の地震で日本国内では置ける場所がないのは分かったと思います。
今モンゴルで処分場を誘致する話が持ち上がっているそうですが、
現地の人にどれだけ迷惑がかかるか考えているのでしょうか?
本当に引き返せない現実にゾッとしました。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
posted by ドキュメントまにあん at 11:40| Comment(0) | NNNドキュメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。