2012年03月14日

テレメンタリー2012 もう一つの被災地栄村 豪雪地の365日


長野県栄村 豪雪地帯
記録では7m58cmまで積もったことがあるらしいです。

去年の3月11日、あの東日本大震災が起きました。
それから13時間経った3月12日、
この栄村にとっては12日こそが運命の日だったのです。

震度6の直下型地震が襲い、土砂崩れで3つの集落が孤立しました。
TVでは東北の被害を中心に伝えていたので栄村の惨状を詳しく知る人はいません。
人口2300人の栄村。
45%の人が65歳以上で、その9割に避難指示が出されました。
全体の7割の家が被害に会い、それでも死者がいなかったのは奇跡でした。

「かねく」という衣料品店を経営していた福島さん(73)
福島さんも家族で避難所に身を寄せました。
5月になって福島さんが自宅へ行ってみると、
店はめちゃくちゃ。
自宅も被害を受けていました。
そして時計は地震のときに止まったまま・・・

他方で
夏はトマト、アスパラ、冬はエノキダケを栽培していた
宮川さん。
震災後、トマト作りを再開しましたが、
地割れのため、作付面積2割減で200万円の減収。

それぞれ散々な生活が続きましたが、家族の絆は深まりました。
福島さんは自宅と店を修理、
全国からは励ましのはがきが来て、ようやく笑顔を取り戻しました。
宮川さんは、農業を継ぐことを決めた長男と一緒に家の再建を目指します。


長野での震災被害を追った回でした。
メディアでほとんど報道されなかったため、被害の存在すら
知らなかった人が多いと思います。
番組の中でも1人の女性が
「東北の被害にくらべたら私らなんかは・・・」
と言っていました。

東北の被害と比較すれば確かに軽度かもしれませんが、
他県でも遠慮して状況を訴えられない人々がいるはずです。
全国の被害の現実をもっともっと報道していってほしいと思います。

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posted by ドキュメントまにあん at 11:47| Comment(0) | テレメンタリー2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月11日

NONFIX 福島の警察官


震災からもうすぐ1年
ひたむきに職務を続ける人達・・・福島の警察官である。
彼らは今も行方不明者の捜索を続けている

警察官の1人
佐藤さんは警戒区域内で放射線を測定し続けている。
もともと郡山署に勤めているのだが、今は
片道2時間かけて管轄の地域まで通っている。

いわきにある実家の家族も被災者で
震災当日父親は洋上にいて、数日間は海から戻れなかったという。
未だに職は失ったままである。

宮城県出身で自転車サークルに入っていたときに福島で人の優しさに触れ、
現在は福島県の交通課に配属されている女性警察官の水谷さん。

彼女は上司とともに仮設住宅に通いつめ
住民を集めて交通指導をしている。

2011年の12月には大規模捜索が行われ、
区域によっては放射線防護服が必要な状況の中捜索したが、
不明者を見つけることはできなかった。

2012年になってからは
各地で働く350人の警官が福島へ転属された。

メディアでは放送されない警察官に焦点を当てた番組でした。
誰も住んでいない警戒区域を
毎日巡回する警察官。
地元で育ち、警察官になった方も多く、
福島のために復興を目指して努力を続ける彼ら・・・

自分が同じ立場なら彼らのように行動できるのか
みなさんすばらしい人達でした。

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posted by ドキュメントまにあん at 01:23| Comment(0) | NONFIX | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月07日

NNNドキュメント 3・11大震災 シリーズ29

3・11大震災 シリーズ29

このシリーズも長いですね。もう29回目です。
震災被害は風化させてはいけないのでまだまだ続けてほしいです。

今回は
九死に一生を得たけれど・・・水産加工業の憂鬱

岩手県釜石市で被害にあった家族の話です。
みなさん、この映像を見たことがあるでしょうか?非常に有名な映像です。


20秒くらいのところで車に乗り込み、流される女性・・・
今回の家族の1人、菊池真知子さんです。
真知子さんの脱出は他の番組でも紹介されていましたが
この家族全員のことを知るのはこれがはじめてです。
4人家族、真知子さん夫婦は水産加工業を営んでいます。
2人の息子は1人は山梨で大学生活、もう1人の息子は東京での就職を控えていました。
そこであの震災が起きました。

なんとか震災から生き延びた家族はもう一度水産加工を再建すべくがんばります。
大学生の息子も1年間休学をして両親を手伝います。
しかし、魚自体が入荷しなかったり、加工場の確保が難しくなったり苦難の連続です。

明治時代から続く名物のみりん干し「やみつきさんま」
秘伝のたれも津波で流されてしまいました。
味の再現は難しく、「やみつきさんま」の名前はしばらく封印しました。

自らを「生かされた命」と話す真知子さん。
九死に一生を得たが、苦難は続く・・・

やはり震災に遭われた方々の生活を取り戻すのは一朝一夕にはできないのですね。
今の自分がどれだけめぐまれているのかをあらためて考えさせられます。

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posted by ドキュメントまにあん at 12:47| Comment(0) | NNNドキュメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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